見込み客が商品やサービスを購入・利用するまでの道のりを可視化したカスタマージャーニーマップ。ユーザーを深く理解する上で重要な役割を担うため、実際に作成した経験がある方も多いでしょう。いざ作成してみたものの「実際の顧客行動を捉えられているのか?」「施策の改善に活用できていないのでは?」と自信が持てないという声もよく伺います。
そのような方に向けて、本記事ではカスタマージャーニーマップの作成事例を業界別・シーン別に紹介します。
カスタマージャーニーマップ
カスタマージャーニーマップとは、見込み顧客が自社の商品やサービスを認知し、購入するまでの過程を一連のステップで視覚化したものです。顧客が辿る一連の体験を「旅路」に喩え、それを図で示すことから、カスタマージャーニーマップと呼ばれます。カスタマージャーニーマップを作成する際のポイントは次の通りです。
顧客視点で考える:カスタマージャーニーマップを作成する際には、顧客の視点でプロセスを理解することが重要です。顧客が経験する感情、課題、ニーズなどを図式化しましょう。
具体的な行動を記録する:顧客が各フェーズで具体的に何をするのか、それにどのような感情や認識が伴っているのかを記録します。
顧客との接点を特定する:どのチャネルで顧客がビジネスと接触しているのか、それぞれの接触点で顧客が何を経験しているのかを特定します。
カスタマージャーニーマップを通じて、企業は顧客体験をより深く理解し、その結果をもとに製品やサービス、マーケティング戦略などを改善することが可能となります。しかし、カスタマージャーニーは業態やサービス内容、置かれている課題によっても大きく異なるため、作成してみたものの「果たしてこれで合っているのだろうか」といったように迷われる方も多いでしょう。とりわけカスタマージャーニーマップを作成した経験があまりない場合は、事例やサンプルを参考にしながら、ブラッシュアップを図ることでより精度が高いマップに仕上げることが可能です
カスタマージャーニーマップの作成方法を基本から学びたい方は、こちらの記事もあわせてご覧ください。
カスタマージャーニーマップのタイプ
カスタマージャーニーマップに含めるべき情報は、対象となる製品やサービス、作成の目的、作成対象とする顧客体験のフェーズによって大きく異なります。これらの3つの観点から作成すべきカスタマージャーニーマップのタイプを考察します。
対象商品・サービス
対象となる商品やサービスの性質によって、カスタマージャーニーマップに必要な情報は大きく異なります。たとえば、BtoB商材の中でも、ITソフトウェアやSaaSなどの無形商材であれば、サービスのメリットを理解してもらうためのデモや営業担当による説明が重要なフェーズとなります。そのため、マップでもこれらのフェーズでの顧客の情報ニーズに関する項目を詳しく記載すべきでしょう。一方、消費財や飲食品などの有形商材であれば、一般に見積作成や納期の速さなどが重要になるため、これらのフェーズに関する項目を詳細に記載することが求められます。さらに、スイッチングコスト(切り替え費用)の高低や、購買頻度、契約更新期間の長さによって、カスタマージャーニーで表現すべき時間軸が変わることも考慮すべきです。たとえば医療機器や製造設備など、スイッチングコストが高く購買頻度が低い商品では、購買検討期間も長く購買に関わる顧客内の関係者も多くなりがちなため、購買決定までのジャーニーはより長期かつ複雑になるでしょう。一方で、従量課金型のSaaSなどでは導入決定までのジャーニーはシンプルになり、逆に導入後の解約阻止やアップセルに至るまでのフェーズが重要になるでしょう。
作成目的
カスタマージャーニーマップは、一貫した顧客体験を生み出すための有力なフレームワークとして、様々な目的で作成されます。たとえば以下のような目的が挙げられます。
・新たに組成されたマーケティングチーム内で顧客像への共通理解を持つため
・インサイドセールス導入時にマーケ部門と営業部門の役割分担を明確にするため
・次年度のマーケティング予算の配分を決定する際に各施策の優先度を決定するため
こうした作成目的によってマップに必要な情報の粒度や範囲は大きく変化します。多くの目的で利用できる汎用的なマップが一つあると便利ではありますが、全ての目的で利用しようとするとマップは際限なく複雑になるため、当面の目的を意識して作成するとよいでしょう。
対象フェーズ
カスタマージャーニーマップでどこまでのフェーズを対象とするかも作成時にあらかじめ決めるべき重要な要素です。たとえば、サービスの認知するところから購入、活用、離脱まで全ての顧客体験を一つのマップで示し、全体の一貫性の確認やボトルネック把握に役立てる場合もあるでしょう。あるいは、契約から利用開始までのような一部の顧客体験を、さらに細かいフェーズに分けて洗い出し、そこに潜む問題を明確にする場合も考えられます。対象フェーズの広さと詳細さの両方を追求することは難しいため、対象フェーズを決める際は、商品・サービスの性格、作成の目的を踏まえたうえで、必要十分な範囲に調整することが大切です。
【BtoB版】カスタマージャーニーマップ例6選
先述の3つの観点のうち、ここでは対象フェーズによって「顧客体験の全体像を示すカスタマージャーニーマップ」「顧客体験の一部にフォーカスしたカスタマージャーニーマップ」の2つに大別し、それぞれの事例を以下の通り3つずつ紹介します。
※各マップは架空の商品・サービスを想定し弊社にて作成したものです。また、作成に際してはChatGPTを一部で利用しています。
【顧客体験の全体像を示すカスタマージャーニーマップ例】
1.セキュリティソフトウェアの認知〜利用
2.BPOサービスの認知〜利用
3.人材採用支援の認知〜利用
【顧客体験の一部にフォーカスしたカスタマージャーニーマップ例】
4.会計SaaS導入後のカスタマーサクセス
5.医療機器のデモンストレーション
6.DXコンサルのリード獲得〜初回商談
顧客体験の全体像を示すカスタマージャーニーマップ例
見込み顧客の商品・サービス認知から購入・契約にいたるまでの顧客体験全体を示すカスタマージャーニーマップは、社内の営業・マーケティング戦略や組織体制の見直しといった比較的大きな意思決定をする際の基本資料として活用できます。また、対象の商品・サービスについて初めてマップを作成する際もまずこのタイプから取り組むことが多いでしょう。以下では異なる業界から3つの事例を紹介します。
Case1. セキュリティソフトウェアの認知〜利用
ペルソナ:セキュリティソフトウェアの導入を検討している企業のIT部門担当者
解説:セキュリティソフトは無形商材であり、その価値の評価が難しいサービスです。そのため、顧客の比較検討フェーズでの情報提供が重要となります。また、サービスの特性により、顧客の悩みや感情の欄に信頼に関する要素が多く現れているため、導入実績や安全性に関する実績を示すとともに、情報収集フェーズでセキュリティに関する教育的・啓発的なコンテンツを提供するなど、いわゆるバイヤーイネーブルメント活動を行うことで、比較検討に先立って信頼感を醸成する方法も有効でしょう。
バイヤーイネーブルメントについてはこちらの記事を参照ください。
Case2. BPOサービスの認知〜利用
ペルソナ:コールセンターのアウトソーシングサービスの導入を検討する企業のカスタマーサポート担当者
解説:BPOサービスはサービス内容の差別化が難しく、導入目的の多くはコスト削減であるため、競合他社との価格比較に陥りやすい傾向があります。一方で、人材育成に時間がかかりスイッチングコストも高いため、一度導入されれば中長期的な取引につながる可能性が高いサービスです。そのため、既存顧客の満足度を高めポジティブな評価や口コミを増やし、それを導入事例などを通じて比較検討フェーズの顧客に伝えていくことで、価格以外での差別化をはかるのが有効でしょう。したがって、カスタマージャーニーマップでも導入後の利用フェーズでの顧客体験を詳細に書き出し、満足度を高める施策検討に活かすとよいでしょう。
Case3. 人材採用支援の認知〜利用
ペルソナ:人材採用支援サービスを導入する企業の人事担当者
解説:人材採用支援市場は、参入障壁が低く競合が多いため、常に厳しい競争環境にあります。そのため、最大手以外の企業は人材採用支援全体の中でも「デジタル人材」「エンジニア人材」といったニッチな領域に焦点を当て、自社独自の価値を訴求することが戦略上求められます。そうした場合、対象となる人材ニーズの喚起や人材要件定義など、課題認知から情報収集段階にかけてのフェーズで担当者の問題意識を高めるタッチポイントが重要となります。採用担当者の情報収集に役立つコンテンツを作成したり、ウェブサイト内で採用成功事例を発信したりなど、自社が提供する価値を明確に打ち出すとよいでしょう。
顧客体験の一部にフォーカスしたカスタマージャーニーマップ例
顧客体験の一部にフォーカスしたカスタマージャーニーマップは、対象部分の具体的な改善点を洗い出し、短期間でも実行可能な改善策を検討する上で有効です。以下では、具体的なカスタマージャーニーマップの例を3つ紹介します。
Case4. 会計SaaS導入後のカスタマーサクセス
ペルソナ:会計SaaSを導入する企業の財務担当者
解説:CS(カスタマーサクセス)においても、顧客の導入フェーズごとに対策を策定することが重要です。特にSaaS製品の場合は、サービスの利用データに基づいて活用の妨げとなるボトルネックを特定するためにカスタマージャーニーマップが有効です。たとえば、活用のフェーズにある顧客の多くが一定の人数を超える利用者拡大を躊躇っている様子が利用データから見て取れる時に、「データのセキュリティとプライバシーの保護に懸念がある」といった悩みを抱えていると想定し、タッチポイントとして専門家との会議や新担当者向けのトレーニングセッションを設定することでこれを解消するといったケースもあるでしょう。
カスタマーサクセスについて知りたい方はこちらの記事もあわせてご覧ください。
Case5. 医療機器のデモンストレーション
ペルソナ:医療機器を購入する病院の購買担当者
解説:医療機器などスイッチングコストが高い製品では、顧客は導入後の利用イメージや操作に対する不安を抱えており、その解消のために導入前のデモンストレーションが重要となります。製品やサービスの価値が顧客に明確に伝わっているかを確認するため、カスタマージャーニーマップを作成し、顧客視点でのデモンストレーションを設計することが大切です。たとえば、準備・実施から、デモンストレーション終了後のフォローアップまでのフェーズでの顧客の悩みや感情を詳細に洗い出し、評価アンケートの項目一つ一つに至るまで一貫性を保持したデモ体験を用意できれば、成約率向上につながるでしょう。
Case6. DXコンサルのリード獲得~初回商談
ペルソナ:DXコンサルティングサービスを導入する企業のDX部門担当者
解説:コンサルサービスではそもそもの顧客側の課題が明確でないことが多いため、独自のリサーチ結果やノウハウなどの有益な情報を広く公開し、反応があった見込み顧客にインサイドセールスがアプローチして課題ヒアリングを通じてナーチャリングを行う方法がしばしばとられます。このような手法を行うために、インサイドセールス部門を新たに立ち上げる際や、マーケティング部門と営業部門の業務分担を明確にする際は、部門間で認識の相違が起きがちです。この例のようにサイト訪問から商談までの顧客行動を詳細に洗い出し、それぞれへの対応分担とKPIを明確にすることで、あらかじめそうしたトラブルを回避することができます。
インサイドセールスについてはこちらの記事もあわせてご覧ください。
補足:ChatGPTでカスタマージャーニーマップを作成する方法
本記事では、ChatGPTを使用してカスタマージャーニーマップを作成してみました。具体的なプロンプトの例は以下のとおりです。
<プロンプトの例>
医療機器を購入する病院の購買担当者のカスタマージャーニーマップを、Excelに転記可能な表形式で作成してください。
・横軸は以下の5つの購入フェーズとしてください:課題認知、情報収集、比較検討、導入、利用
・縦軸は以下の4つとしてください:想定される顧客とのタッチポイント、想定される顧客の行動、想定される顧客の悩み、想定される顧客の感情
・作成した表は、同じ購入フェーズを一行にまとめてください。
以下は、ChatGPTから実際に得られた回答です。
<ChatGPTの回答>
以下に、求められた条件に基づいて作成したカスタマージャーニーマップの表を記載します。
ChatGPTを活用すればこのようなカスタマージャーニーマップが数秒で作成されますが、実際にカスタマージャーニーマップを作成する際には、できる限り実際の顧客の情報に基づいて作成することが重要です。そのため、ChatGPTで作成したカスタマージャーニーマップをそのまま使用することは避けるべきでしょう。一方で、マップに反映すべき情報や観点の抜け漏れがないかの確認や、サービスの開発段階で、仮説を立てたり議論を深めたりする場合においては有効なケースもあります。なお、プロンプトに入力した情報は、言語モデルのトレーニングに使用されることもあるため、機密情報や個人情報の取り扱いには十分に注意が必要です。その他、ChatGPTをマーケティングで活用する方法を知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
おわりに
本記事では、BtoBビジネスにおけるカスタマージャーニーマップの例を紹介しました。カスタマージャーニーマップに必要な情報は、ビジネスの目的、対象サービス、対象フェーズなどによって異なります。そのため、いきなりマッピングを始めるのではなく、どういった目的で作成するのか、どこに課題があるのかを明確にすることからスタートしましょう。思うように作成が進まない場合は、同業他社の事例を参考にすることで、情報の抜け漏れを防いだり、自分たちが持ち合わせていなかった視点に気づけたりします。本記事で紹介した6つの例もぜひ参考にしてください。