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バイヤーイネーブルメントとは 実践方法をチェックリストと事例で解説

マーケティング

目次

インターネットの浸透に伴い、BtoBにおける顧客の購買活動は大きく変わりました。顧客はよりネット上での情報取集を重視し、意思決定における多くの時間を商談の前に割いています。一方で、顧客自身が大量かつ複雑な情報を処理することにより、購買に費やされる検討時間と労力は増大しています。そこで顧客がよりスムーズに購買活動を行えるよう支援する「バイヤーイネーブルメント」が現在注目されています。

本記事ではバイヤーイネーブルメントの概要やその実践方法を企業の取り組み例を挙げながら解説します。

バイヤーイネーブルメントとは

バイヤーイネーブルメント(Buyer Enablement)とは、顧客の購買担当者が購入プロセスにおいて良い意思決定をするためにサポートする活動のことを指します。アメリカの調査会社であるGartner社のレポートで2018年頃から使われ始めました。購入プロセスが複雑化している現在、バイヤーイネーブルメントによりプロセスを単純化することで、より自社の商品やサービスを選んでもらえるようになります。実際、同社の調査によれば、バイヤーイネーブルメントが適切に行われると顧客は通常の購買活動よりも3倍も取引への満足度が高いことが示されています。

バイヤーイネーブルメントが注目される理由

バイヤーイネーブルメントが注目される理由は、購買プロセスの複雑化や購買担当者の世代がもつ特性などにあります。

購買プロセスの複雑化

購買プロセスが複雑化している理由の一つは、製品やサービスの選択肢が増えていることです。インターネットが普及している現代では、購買担当者は無数の選択肢から最適なものを選ぶ必要があり、どの製品やサービスが自分のビジネスに最適なのかを判断するための深い理解や時間を必要とします。Gartner社が250人以上のBtoB顧客を対象にした調査したレポートによると、77%の購買担当者が自身の購買体験を「非常に複雑」または「困難」と評価していることが明らかになりました。同調査によると、一般的な購買部門は6〜10人で構成され、それぞれが4から5つの情報源を参照し、その後それらの情報を共有して意思決定する必要があります。また調査対象者の95%は新たな情報が浮上するたびに少なくとも一度は決定を見直さなければならないと語っています。下記はGartner社が作成したBtoB事業における購買プロセスを表した図になります。

B2B buying journey BtoB

出典:Gartner社 「The B2B Buying Journey」

このように、現実のBtoBの購買プロセスは決して予測可能な一直線の順序で進行するわけではなく「ループ」を繰り返しながら最終的な意思決定に進みます。この複雑さがバイヤーイネーブルメントが必要とされている理由です。

ミレニアル世代の購買担当者

現代のビジネスの世界では、購買担当者の中心はミレニアル世代にシフトしています。ミレニアル世代とは1981年〜1990年代なかばごろまでに生まれた世代のことを指しており、この世代はオンラインで情報を収集することに長けています。その結果、彼らは購買プロセスにおいても、インターネットを主要な情報源として活用しています。Gartner社の調査によると、購買検討時間の中でサプライヤーと直接接触している時間は全体のわずか17%であり、それに対してオンラインで情報収集に費やしている時間は27%という結果が出ています。

B2B Sales Deals BtoB

出典:Gartner社 「Win more B2B Sales Deals」

これは、ミレニアル世代の購買担当者が、物事を自分自身で調査し、情報を集め、類似商品との比較検討や口コミ調査などを行い、検討することを好む傾向があることを示しています。このようなミレニアル世代の情報収集をサプライヤー側の企業が支援するアプローチとして、バイヤーイネーブルメントが注目されています。

セールスイネーブルメントへの対置

バイヤーイネーブルメントと混同されやすい言葉に「セールスイネーブルメント」があります。セールスイネーブルメントとは営業組織を強化・改善するための取り組みのことを指します。例えば「営業活動において商材と顧客に関する情報不足を無くす」「卓越した個人の営業スキルを組織に広める」などの営業課題を解決する取り組みなどがセールスイネーブルメントの具体例として挙げられます。

セールスイネーブルメントの詳細についてはこちらの記事でも解説していますのでぜひご覧ください。

営業組織の改善活動が主となる「セールスイネーブルメント」とは異なり、「バイヤーイネーブルメント」は、顧客の購買行動そのものの有効性を高めることが目的となります。2000年代以降に浸透したセールスイネーブルメントで、営業担当の組織的なスキルアップが進んだ一方で、購買担当者とのソリューションに関する知識格差が大きくなり、結果的に購買自体が難しくなっています。そこで、これまで社内の営業担当向けに蓄積していたノウハウを顧客側にも提供することで、顧客が主体的に購買を進められるようにするバイヤーイネーブルメントに注目が集まっています。

バイヤーイネーブルメントの実践方法

バイヤーイネーブルメントの概念を説明したところで、実践方法を解説します。バイヤーイネーブルメントは具体的な手法というよりもBtoBマーケティングにおける思想に近いものですので、実践にあたって必ずしも新たな施策を始める必要はありませんが、自社が現在行っているマーケティング活動を見直すことが出発点となるでしょう。バイヤーイネーブルメントの実践方法として下記の6つが挙げられます。

バイヤーイネーブルメンと 実践方法
それぞれ説明します。

バイヤーペルソナを見直す

バイヤーイネーブルメントで行うことの1つとしてバイヤーペルソナの見直しがあります。BtoBの購買活動は通常、複数の顧客が関与する複雑なプロセスです。製品やサービスの性質、価格、企業の規模などによって関与する人数や役割は変わります。バイヤーイネーブルメントを実践するためには、これらの顧客や利害関係者を正確に理解し、それぞれが購買プロセスにおいて何を必要としているのかを把握することが重要です。バイヤーイネーブルメントにおいて特に重要なのが、企業内で導入の検討を推進する「チャンピオン(旗振り役)」です。チャンピオンは商品やサービスの導入を積極的に推進し、他の意思決定者を巻き込む役割を果たします。このチャンピオンのニーズや疑問、懸念を理解し、それに対応した情報を提供することがバイヤーイネーブルメントの中核になります。既存のペルソナはチャンピオンを筆頭に顧客内の利害関係者のニーズを正確に反映できているでしょうか?もしそうでなければ、これらのペルソナを更新し、それぞれのニーズにより適切に対応できるようにする必要があります。これにより、購買担当者が必要とする情報を効率的に提供し、購買プロセスをスムーズに進めることが可能になります。

カスタマージャーニーを見直す

ペルソナに続き、バイヤーイネーブルメントの視点に立ちカスタマージャーニーを見直しましょう。Gartner社のレポートでは、購買プロセスを以下のようなステージに分けています。

Win more B2B Sales Deals

出典:Gartner社 「Win more B2B Sales Deals」

BtoBにおける顧客の購買プロセスは、
1.課題の特定(Problem identification)
2.解決策の探索(Solution exploration)
3.要求仕様の具体化(Requirements building)
4.サプライヤーの選定(Supplier selection)
これらの4つに分けることができます。

さらに各プロセスにおいて常に5.検証(Validation)と6.合意形成(Consensus creation)が繰り返されます。また、これらのプロセスは順番にスムーズに進むわけではなく、時には同時に進行したり、前後したりします。実際、調査によれば各ステージで購買タスクのやり直しや再検討が行われる割合は約8割にのぼります。自社のカスタマージャーニーマップが、こうした検討の実態を反映できているかを見直し、もしあまりにも一本道の検討プロセスのみを想定していたり、特定のプロセスのみに偏っているようなら、今一度顧客調査を行うことも検討すべきでしょう。

カスタマージャーニーマップの描き方については、こちらの記事も参考にしてください。

コンテンツ内容の見直し

カスタマージャーニーマップでどのプロセスの情報やサポートが不足しているか判明したら、該当のプロセスにいるペルソナに向けたコンテンツを検討しましょう。まず行うべきことは既存のコンテンツ内容の見直しです。バイヤーイネーブルメントにおけるコンテンツは大きく2つのアプローチにわかれます。1つ目は規範的なアドバイス(Prescriptive advice) といわれるアプローチです。先述した①〜⑥のプロセスを顧客がスムーズに進めるために”やるべきこと""やってはならないこと"に関するアドバイスをするコンテンツを作成し、情報提供します。例えば、マーケティングオートメーション(MA)ツールを販売する会社であれば、MA導入のガイドブックや、営業支援システム(SFA)選定時のチェックリストなどが挙げられます。2つ目は実務的なサポート(Practical support)といわれるアプローチです。この手法では顧客が特に⑤検証や⑥合意形成を進める際に役立つツールなどの提供を行います。例えば、自社の製品に対する説得力のある導入起案書を容易に作成・カスタマイズできるツールや、自社の製品を導入した際の費用対効果のシュミレーションExcelなどが挙げられます。「規範的なアドバイス」と「実務的なサポート」を組み合わせたコンテンツをそれぞれの購買ステージに合わせて提供することで、顧客の購買に関する負担を軽減し、自社の商品購入へ導くための強力な武器になります。

コンテンツの形式を最適化する

コンテンツの内容が問題なければ、次はコンテンツの形式を見直しましょう。Gartner社ではバイヤーイネーブルメントを促進するコンテンツ形式として下記の7つを挙げています。

1.分析コンテンツ(Calculator)
  顧客がデータを分析するための計算ツール

2.助言コンテンツ(Advisor)
  顧客の購買活動に対する助言

3.診断コンテンツ(Diagnostic)
  顧客の現在のパフォーマンスを評価し、最適なオプションを特定する診断フレームワーク

4.比較コンテンツ(Benchmark)
  顧客が見つけることが困難な競合比較に役立つ情報

5.共有コンテンツ(Connector)
  購買に関わる人全ての共通理解を促進する情報

6.実験コンテンツ(Simulator)
  顧客の問題を解決するのにどのように自社製品が機能するかを示すシミュレーション

7.案内コンテンツ(Recommender)
  顧客が入力した情報に基づく商品のレコメンデーション

Buyer Enablement バイヤーイネーブルメント

出典:Gartner社 「A Guide to Buyer Enablement

バイヤーイネーブルメントを行うためのコンテンツを作成する際には、上記の7つの形式にそって作成すると良いでしょう。またDemand Gen社が2023年に実施した調査によると、検討の初期段階では、Webセミナーや統計調査レポート、ブログが好まれ、中期には導入事例や専門家によるレポート、終盤では製品デモやユーザーレビュー、ROI計算式などが顧客に好まれていることが報告されています。

CONTENT PREFERENCES SURVEY

出典:Demand Gen社「CONTENT PREFERENCES SURVEY」

作成するコンテンツがどのプロセスにいる顧客に向けたものかを踏まえて、最適な形式を決定するようにしましょう。

コンテンツの品質を見直す

バイヤーイネーブルメントを実践するためにはコンテンツの品質を見直すことも重要です。Gartner社はバイヤーイネーブルメントで利用するコンテンツの品質チェックのために以下のようなチェックリストを提供しています。

☑︎顧客が実務のなかで簡単に使えるか
☑︎顧客内で簡単にシェアできるか
☑︎多くの顧客にとって有用か
☑︎顧客の検討時の感情にそぐうものか
☑︎顧客に(自分の選択は正しいという)自信を与えるものか
☑︎売り手目線の情報になっていないか

こうした評価観点で自社のコンテンツを見直すことで、改善のポイントが見つけやすくなります。

コンテンツの提供方法を見直す 

コンテンツの提供方法の見直しもバイヤーイネーブルメントを行う上では必要です。バイヤーイネーブルメントでは、一律の決まった順序で顧客に情報提供するのではなく、顧客が求める情報を必要な時にすぐ利用できる形で提供する事が重要となります。

□顧客自身が求める情報を自由な順序で利用することができるか
□マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールスの提供する情報に矛盾はないか
□メール、SNS、電話、対面などの情報提供方法を顧客が選択することができるか

こうした観点で情報の提供方法を見直すことでバイヤーイネーブルメントを最適化できます。

バイヤーイネーブルメントの実践事例

こちらで実際にどのように企業がバイヤーイネーブルメントを実践しているか、実例を交えて解説します。

Amazon Web Service

バイヤーイネーブルメントを実践している例として「Amazon Web Service」を紹介します。Amazon Web Service(AWS)はAmazonが提供しているクラウドコンピューティングサービスの総称です。AmazonはこのAWSの導入の際の見積もりツール「AWS pricing calculator」を提供しています。AWS pricing calculatorでは顧客は以下の3つのステップを踏んで見積もりを出すことが可能です。

Step1:必要なAWSのサービスを検索し追加
Step2:それぞれのサービスの導入予定の規模などを入力
Step3:サービス、サービスグループ、合計ごとの見積もりコストを表示

顧客は詳細な見積もりを得るまで営業担当の案内などを必要とせず、無駄な時間を使わないで具体的な情報を得ることができるため、スムーズな購買体験をすることができます。また見積もりはリンクを通じて、各ステークホルダーに共有ができるため検証や合意形成のプロセスを容易化し、顧客の購買意欲を高めることができています。

Hubspot

Hubspotはマーケティング、営業、コンテンツ管理や、カスタマーサービスの業務に欠かせないソフトウェア、連携機能、リソースを備えたCRMプラットフォームを提供している会社です。HubspotのWEBサイトでは、検討顧客に対し「電話問い合わせ」「セールス担当とのチャット」「デモ体験」という3つの選択肢を提示しています。まずは資料を送付し商談後にデモを提供する、といった一本道の顧客体験でなく、顧客側の検討方法にあわせてストレスなく検討を進められるように配慮がなされています。

バイヤーイネーブルメントに活用できるツール

近年はバイヤーイネーブルメントに特化した様々なツールが提供されています。ここではバイヤーイネーブルメントを実行しやすくするツールをいくつか紹介します。

BUYER ASSIST

BUYER ASSISTは買い手と売り手が同じプラットフォームを使って購買活動を進めるサービスです。同一プラットフォームを使用することで、買い手側のニーズも可視化され、購買側も的確にそのニーズに合った提案ができるようになります。

ENABLE US 

ENABLE USでは売り手が買い手にパーソナライズしたコミニケーションを可能にするために、仮想上のセールスルームを提供するサービスです。ENABLE USを使えば一連のマーケティング活動と購買活動をシームレスに行うことができます。

ARCH

ARCHは、日本のHiCustomer社が提供する、売り手が買い手の購買活動におけるコラボレーションの場を提供するサービスです。お互いに購買の場を共有することで、買い手は必要な情報を効率よく売り手から得れ、売り手は買い手の検討状況が一目でわかるようになっており、お互いの効率性を上げるツールです。

GRiX

GRiXもARCHI同様に買い手の検討状況を可視化できるサービスとなっています。様々なMA・SFAツールと連携が可能で分析等もしやすいのが特徴です。

DEALPODS

DEALPODSは買い手ごとに専用のサイトを作成し、買い手の購買状況やエンゲージメント情報(どれくらい資料を見たかなど)がわかる株式会社マツリカのサービスです。これにより迅速かつ効果的にお互いに購買活動を進めることができます。これらのような、売り手と買い手の接点をより相互的にするツールを使うことで購買活動を簡易化することが可能です。

おわりに

本記事ではバイヤーイネーブルメントについて、概要から実践方法、実例などを紹介しました。バイヤーイネーブルメントはまだ新しいコンセプトですが、インターネットが発達し顧客の購買体験が変わっている現代においては非常に重要な考え方になっています。本記事が読者の皆様のマーケティング活動の改善の一助になれば幸いです。

著者情報
金子 光 (かねこ ひかる)
Hikaru Kaneko

大学時代にサンフランシスコに留学。卒業後楽天グループ株式会社に入社。モバイル事業部に配属され、40人規模のチームリーダーを経験。その後はWEBメディアのベンチャー企業に就職。マーケティング領域(特にSEO)で活躍中。